新聞・雑誌等でみるロシア・CIS諸国の政治経済(愚考集)


by nekra
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ユーリ・バルエフスキー軍参謀総長の更迭

 ロシア:軍参謀総長を更迭 改革めぐり国防相と対立
 【モスクワ大木俊治】ロシアのメドベージェフ大統領は3日、バルエフスキー軍参謀総長(61)を解任し、後任にマカロフ国防次官兼軍備局長(58)を任命した。バルエフスキー氏は組織の効率化など政権が進める軍改革をめぐり、セルジュコフ国防相との対立が伝えられていた。
 バルエフスキー氏はこれまで、米ミサイル防衛システムの東欧配備や北大西洋条約機構(NATO)拡大に反対してきた対欧米強硬派。参謀総長の交代が今後のロシアの外交・安保政策に変化をもたらす可能性もある。
 大統領は同日、参謀総長の交代を通告した。解任されたバルエフスキー氏は安全保障会議の副書記に任命されたが、実権の少ない名目的なポストで、事実上の更迭とみられる。

 (2008年6月4日『毎日新聞』、
 http://mainichi.jp/select/world/news/20080604ddm007030083000c.html

 バルエフスキー氏は、セルジュコフ国防相が打ち出した軍資産売却や国防省・軍参謀本部の人員削減、海軍司令部のサンクトペテルブルク移転などの軍改革案に反対。3月には辞表を提出したとロシアメディアが一斉に報道する事態になったが、国防省側は否定していた
 軍部の内紛にメドベージェフ大統領の対応が注目されていたが、バルエフスキー氏を実権の少ない安保会議に異動させることで収拾を図った格好だ。後任の参謀総長にはセルジュコフ国防相が推薦したマカロフ国防次官を起用した。

 (モスクワ3日時事:2008/06/03-20:42 軍参謀総長を更迭=内紛収拾でロシア大統領:http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2008060300967、及びイタル・タス通信http://www.itar-tass.com/eng/level2.html?NewsID=12741513&PageNum=0

 バルエフスキーは今年に入り、セルジュコフ国防相との対立を思わせるような不規則な言動も目立ってきていた。例えば「核先制使用論」、「2プラス2会議」欠席事件、「辞任騒動」である。

 2008年1月19日、バルエフスキー参謀総長は、モスクワ市内で開かれた軍事科学技術者の会議で演説し、こう述べている。
 「私達は、誰も攻撃する意図を持っていません。しかし、私達のパートナー全てがはっきりと理解し、 誰もが、いかなる疑問も抱かない時、軍隊は、ロシア連邦およびその同盟国の主権および領土を完全に保護する為に使用されるでしょう。それは予防的措置も含まれ、そして、核兵器の使用も含まれるでしょう」
 「軍隊は、その利益を護る為、国家首脳の意思表示の為に使用されなければならない。それは、全ての残る手段が、効果が無いと分かった時の非常手段としてでなければならない」
 真の意図はともかく、この発言は欧米各国に衝撃を与えたのだが、一説には軍改革で冷飯を食わされている現役軍人たちの不満を代弁する形で、ロシア政府を含め、混乱させるために行った発言と言われる。
 また、バルエフスキーは、この日の講演で、聴衆からの質問に答え、セルジュコフ国防相がモスクワからサンクトペテルブルグへのロシア海軍総司令部の移転を決定したと報じられている事に関して「私は個人的に、それは今日、必要性が無いと考える」と答え、移転を「時機をわきまえないもの」と述べたことも注目された。

 3月下旬、ロシア各メディアは、バルエフスキーがセルジュコフ国防相と対立し、辞表を提出した、と報じた。過去何度も辞表提出をちらつかせてきたらしいが、直接プーチンに談判したとされる今回は状況が違っていた。政権交代を前に何らかの意思表示とも見られた。
 アメリカのミサイル防衛施設配備問題を巡り、3月18日にモスクワで開かれたロシア・アメリカの外相・国防相会議(いわゆる2プラス2)にも姿を見せる事は無かった。公式には、参謀総長は25日まで休暇扱いとされていた為に欠席したと説明されたが、こういう会議の場合は、たとえ休暇中でも呼び出されるのが通例である。欠席したとも、会議への出席を要請されなかったとも言われる。そして、このバルエフスキー辞任騒動の際、後任として既に名前が挙がっていた人物こそマカロフである。

 政権が交代しようやく落ち着いてきたこの時期、セルジュコフ国防相がメドヴェージェフ大統領に対してバルエフスキー更迭を促したと示唆される。セルジュコフは軍にも他の武力省庁にもバックグランドを持たない文民国防相であり、メドヴェージェフ大統領に近いと言われているからだ。プーチン大統領(当時)からは多大なる信頼を寄せられ、また改革を前に軍内部の背広・制服組の掛け橋を任せられた。ついには昨年、3年の定年延長を決定していたし、しばらくは不安定ながらもセルジュコフ=バルエフスキー体制が続くものと思われたが・・・。メドヴェージェフ大統領が独自色を出したことを意味するのか?はともかくとして、今後の軍機構は、逆に運営上難しい部分も出てくるはずで、注目される。またすでにこの余波を受け、軍管区レベルでの異動人事に関する話も出始めている。

 ともあれ、最近の日本への領空侵犯(米空母への異常接近)に関しても、実は軍現場レベルが制度改革、文民顧問が多く策定に加わる新国防計画の整備などに対して不満を持っていて、そのはけ口として行ったとも推測することも出来る。そもそもこの領空侵犯に対して政府と軍のコメント内容及び非を認めた謝罪の時期が微妙に喰い違っていることが疑問だった。

 これまで何度も辞表を提出しては慰留されてきたと言われるバルエフスキーだが、現在の状況をどう考えているんだろうか?
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by nekra | 2008-06-04 12:05