新聞・雑誌等でみるロシア・CIS諸国の政治経済(愚考集)


by nekra
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途中。

 [2]特集…ロシア特務機関同士の対立が表面化
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●チェルケソフ麻薬監督庁長官、側近を逮捕した捜査委員会を批判

 これまで常にベールの下にあったロシアの特務機関同士の対立が表面化し、大
きな波紋を広げている。武力省出身者(シロビキ)の筆頭の1人であるセチン大
統領府副長官の影響下にあり、巨大な権限を持つ「捜査委員会」が、セチン派と
対立するチェルケソフ麻薬監督庁長官の側近を逮捕したことが発端だ。これに対
しチェルケソフ氏は有力紙コメルサントへの寄稿で捜査委員会を公然と批判。プ
ーチン大統領はチェルケソフ氏の寄稿を「適切ではない」としたが、強力な司法
機関である国家反麻薬委員会を創設し、チェルケソフ氏を同委員長に任命する大
統領令を発した。(モスクワ・大川佳宏)
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●バランスを狙いチェルケソフ氏を“昇格”

 プーチン大統領が毎年行っているテレビを通じた国民との質疑応答会見。政治
学者や記者らがその会見の分析に忙しかった10月20日、プーチン大統領は突然、
会見の分析など吹き飛んでしまう衝撃的大統領令を発した。国家反麻薬委員会の
創設と、その委員長に、大統領に極めて近い側近で元連邦保安局(FSB)第1
次官のチェルケソフ麻薬監督庁長官を任命したことである。

 ロシアはアフガニスタンなどから欧州へ向かう麻薬密輸ルート上に位置し、麻
薬汚染は深刻である。その意味では、極めて強力な司法機関となる国家反麻薬委
員会の創設は理にかなっているが、その創設の本当の目的は別にあるとの見方が
濃厚だ。

 チェルケソフ麻薬監督庁長官は大きなスキャンダルの渦中にいる。9月に活動
を開始した「ロシア版FBI」といわれる捜査委員会が、汚職などの容疑でチェ
ルケソフ氏の側近であるブリボフ麻薬監督庁作戦局長ら同庁幹部3人を逮捕した
のだ。

 これに対しチェルケソフ氏は有力紙コメルサントに寄稿し、側近の逮捕は「ク
レムリン内のグループの対立の延長にある特務機関(チェキスト)同士の内紛の
結果である」と明言し、「このような内紛は特務機関の不文律に反しており、勝
利するものはいない。特務機関は国家のために1つになるべきだ」と主張したの
だ。

 捜査委員会は検察庁が持つすべての捜査権を引き継ぎ、さらに、不逮捕特権を
持つ上下両院議員や裁判所判事を捜査・逮捕できるという極めて強大な権限を与
えられた司法組織。捜査委員会のバストルイキン委員長は、レニングラード大で
プーチン大統領と同級生だった。

●セチン派抑える大統領の指示か?

 この捜査委員会の上位機関が、パトルシェフFSB長官を委員長とする国家反
テロ委員会であり、パトルシェフFSB長官は、シロビキの筆頭の1人として大
きな力を持つプーチン大統領の側近、セチン大統領府副長官のグループの有力メ
ンバーである。

 一方で、このセチン大統領府副長官のグループと対立するのが、ゾロトフ大統
領警備局長、チェルケソフ氏、そして元FSB長官で元首相でもあるステパシン
会計局長らのグループだ。

 セチン大統領府副長官のグループは昨年六月、セチン氏の親戚(しんせき)で
最大の片腕であるウスチノフ検事総長(当時)の法相への“降格人事”で打撃を
受けただけでなく、内務省やFSB内の同派幹部左遷などで勢力を後退させた。
そのセチン派は捜査委員会発足で反撃に転じ、チェルケソフ氏やステパシン氏の
側近である麻薬監督庁や会計局の幹部の摘発に乗り出した。

 チェルケソフ氏は、事態を調停できる唯一の人間であるプーチン大統領に助け
を求めたが、直接ではなく、コメルサント紙への寄稿を通じ、事態を公にする方
法を取ったことになる。

 これまでタブーとされてきた特務機関の内紛公表に対し、プーチン大統領はテ
レビ会見で「適切ではない」と述べたものの、その張本人であるチェルケソフ氏
を新設した国家反麻薬委員会の委員長に据えたのだ。

 プーチン大統領にとって、側近らの力の均衡は極めて重要である。国家反テロ
委員会と国家反麻薬委員会は担当分野こそ違うものの、政府内の地位は同等だ。
国家反麻薬委員会の構成メンバーには、国家反テロ委員会と同じ内相、FSB長
官、金融監督庁長官らが並ぶ。

 ラジオ局「モスクワのこだま」の世論調査では、チェルケソフ氏のコメルサン
ト紙への寄稿は、プーチン大統領の了承を得て行ったものと考える回答者が90%
に上った。長年のタブーを破り事を公にしたことは好感を持って受け止められて
おり、プーチン大統領の権威をさらに押し上げる結果ともなった。

露政権“仁義なき戦い” 後継大統領候補は…
2007.12.8 20:04

このニュースのトピックス:ロシア・CIS

6日、モスクワ郊外の大統領官邸で執務にあたるプーチン大統領。治安機関の内部抗争は後継者の人選に影響を与えかなねい(AP) 【モスクワ=内藤泰朗】先のロシア下院選挙で大勝したプーチン大統領の“皇帝(ツァーリ)化”が進む中、政権を牛耳る保安・治安機関の内部抗争が露呈。巨大利権をあさる石油大国の権力機関同士の壮絶な闘争は、今後の政権の安定に暗い影を投げかけている。抗争の行方は、間もなく明らかにされる後継大統領候補の人選にも大きく影響を及ぼす可能性が出てきた。

 クドリン財務相の右腕であるストルチャク財務次官が、国家予算の巨額流用を試みたとして突然逮捕されたのは先月15日のこと。

 当局はさらに、別件容疑の捜査も開始したが、検察側は証拠不十分だとして別件捜査を終了すると発表。これに、「ロシアの新ソ連国家保安委員会(KGB)」と呼ばれる捜査委員会(SK)が今月6日、捜査の継続を求めてかみつき、捜査当局間でも軋轢(あつれき)が生じていることが表面化した。

 9月に創設されたばかりのSKのバストルイキン委員長は、プーチン氏の大学時代の同窓で、「シロビキ(武闘派)」と呼ばれる保安・治安機関の最右翼、セチン大統領府副長官と近い関係にあるとされる。

 報道によると、SKが圧力をかけるチャイカ検事総長は、同じプーチン氏の旧友でありながらセチン派とはライバル関係のチェルケソフ麻薬流通監督庁長官が率いる派閥に属する。

 この事件に先立つ今年10月には、セチン派の連邦保安局(FSB)が麻薬流通監督庁の高官を拘束する事件が発生。チェルケソフ長官は、ロシアの有力日刊紙コメルサントで「こうした『戦争』に勝者はない」と警告していた。

 クドリン財務相は、ストルチャク次官との面会を求めているが依然実現しておらず、「なぜ、逮捕されたのか理解に苦しむ」と表明した。

 ただ、同次官は、石油収入の一部を貯蓄し1440億ドル(約16兆円)以上にふくれあがった基金を統括していることから、専門家らは「巨大利権の統括権をめぐる暗闘がシロビキの中で起きている」との見方を示している。

 KGB出身のプーチン氏は7年半前の大統領就任以来、KGB出身者や軍関係者を重用し、政権の主要ポストを固めてきた。後継大統領候補が注目されるなか、肥大化した「シロビキ」の内部抗争を抑えながら、政権内の権力バランスを保てるのは、プーチン氏の最側近で、やはり同じKGB出身のイワノフ第1副首相との見方が出ている。
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by nekra | 2008-05-30 16:04

カバエワ報道再考。。

 プーチン大統領が離婚して、30歳年下の元新体操世界チャンピオン:カバエワ下院議員と再婚するという報道がなされたのは先月の中旬だった。しばらく前から不倫は公然の秘密だったといわれるが、なぜ今、この時期になって報道されたのか?プライベートが公になることを極端に嫌っていたプーチンだが、なぜこの時期に露骨な形でプーチンの私生活が晒されることになったのか?
 こういう話もある。「新政権人事に何かしら影響を与えたいと考えるシロヴィキ派の周辺が行った工作とは言えないか」だ。プーチンは、政権交代を前にリベラル的な政策の提言を行うようになり、メドヴェージェフを次期大統領後継に選ぶなどリベラル派周辺人脈を重用し始めた。これに対して、不満を感じた政治家も少なくなかっただろう。新政権成立を前に牽制を込めたブロージョブという考え方だ。
 
 プーチン大統領が離婚? メディアも大騒ぎ

 【モスクワ=内藤泰朗】ロシアのプーチン大統領(55)が今年2月にリュドミラ夫人(50)と離婚し、今年6月15日前後に同国の元新体操世界チャンピオンで下院議員(与党・統一ロシア)のカバエワさん(24)と再婚するとの報道が流れ、確認作業のためメディアが大騒ぎしている。

 “離婚”を報じたのは11日付のロシアの日刊紙モスコフスキー・コレスポンデント。プーチン大統領とカバエワさんの婚礼準備のために行われた入札に参加したとされる関係業者などの話として伝えた。それによると、プーチン大統領のパスポートにはすでに、大統領の出身地であるサンクトペテルブルク市登録局の「離婚」印が押してあるという。

 カバエワさんの広報担当者は早々と同報道を否定したが、大統領府は16日現在、沈黙したまま。真偽のほどは定かでないが、ネット上では最も活発に議論されるテーマとなっている。

 2004年のアテネ五輪個人総合で金メダリストとなり、昨年12月に議員となったカバエワさんは、ロシアで最も成功した美女の一人として知られている。

 (http://sankei.jp.msn.com/world/europe/080416/erp0804161942005-n1.htm)
 
 これを報じたのは、モスコフスキー・コレスポンデントという一昨年秋頃に創刊した発行部数の小さいタブロイド紙
で、その代表者は、元KGB、実業家、プーチン政権批判など様々な顔を持つアレクサンドル・レベージェフである。タブロイド紙といえ政治的には中立な姿勢を保っていると評する向きもあるが、創刊(報道)時期・代表者の特異な経歴を考えれば、単純にそう考えていいものか分からない。その後、同社があっさり休刊を宣言するのも頷けない。

 再婚報道の新聞が休刊に プーチン氏の批判受け謝罪
 【モスクワ19日共同】ロシアのプーチン大統領(55)が新体操のアテネ五輪金メダリストのカバエワさん(24)と再婚すると報じ、大統領に「事実無根」と批判されたロシア紙モスコフスキー・コレスポンデントが19日までに謝罪し、休刊に追い込まれたことが分かった。

 同紙の経営者はラジオ局「モスクワのこだま」に対し「出版経費が約半年前の計画よりも上回ったため」と説明しているが、クレムリンから圧力がかかったとの見方も出ている。

 プーチン大統領は18日の記者会見で、報道を否定した上で「性的妄想を抱いて他人の生活に鼻を突っ込むような人物は許せない」と強く非難。カバエワさんも提訴する意向だとの情報も報じられた。

 同紙編集部はロイター通信に対し「新聞の所有者に近い人からの圧力」があることを認めた上で謝罪するつもりはないとしていたが、18日には「報道には根拠がなかった」と謝罪する文書を掲載し、ウェブサイトも閉鎖された。
 2008/04/19 20:57 【共同通信】
 (http://www.47news.jp/CN/200804/CN2008041901000671.html

 その後、事態は興味深い方向に流れる。ロシア下院でメディア法修正案が議員立法の形でなされた。最年少議員シュレーゲリが、誤報を3回繰り返すと、同メディアを当局が強制的に閉鎖できるとする法律修正案を提出したのだ。同議員は24歳・・・まさに「プーチン・チルドレン」の一人といって良いだろう。

・・・現行法では、急進主義を煽ったり、テロを肯定する報道を行ったりしたマスコミが、裁判所の決定により閉鎖措置となる条項を規定している。改正案は「閉鎖の理由となる事項」に、上記の「中傷やウソ」などを追加するものだ。
 マスコミ法改正の動き自体は、しばらく前から出ていた。ウクライナのクチマ旧政権を転覆させたオレンジ革命などがロシアに波及することを恐れるプーチン政権が発足させた官製青年組織「ナッシ」出身のシュレーゲリ下院議員(統一ロシア)がイニシアチブを取り、準備を進めていた。
 シュレーゲリ氏の主張は次の通りだ。「ロシア国民のわずか14%しかマスコミを信用していない。ウソや根拠のない誹謗中傷が報じられ、マスコミは市民の権利を守る手段ではなく、オーナーが自ら政治的な利益を実現する手段と化している。中傷記事の責任は執筆者だけではなく、報じたマスコミも負うべきだ」・・・

 (5月21日付『世界日報』)
 
 一時は、あまりに閉鎖的な法案なだけに、下院での審議は見送られたものの、カバエワ報道を機に状況は一転。4月25日下院による全会一致の基本採択に至る。

 穿った見方をすれば、彼は、偉大なるロシア・尊敬するプーチンを侮辱した人間を許さないと「自分で」法案起草を推し進め、その他多くの便乗者の後押しを受けた結果、提出にこぎ着けたのだと考える。これが事実であれば、シロヴィキ派やリベラル派の板挟みでプーチンが苦況に立たされても、親プーチン議員が圧倒的多数を占める議会は手助けしてくれるだろう。今後の政権運営でもこうしたことが示唆されるのだ。例え、どのような意味で苦境に陥っているか、実際には議員の多くが知らないままに。


 露、誤報3回すると当局がメディアを強制閉鎖 法案が下院で可決の見通し
 【モスクワ=内藤泰朗】ロシア下院(450議席)はこのほど、誤報を3回繰り返すと、同メディアを当局が強制的に閉鎖できるとするメディア法修正法案を第1読会で圧倒的賛成多数で支持し、近く可決が確実な情勢となった。
 先にプーチン大統領が新体操の元女王と再婚準備を進めていると報じた日刊紙が発刊停止に追い込まれており、露政権がタブー視する大統領への個人攻撃や政権批判を封じ込める狙いがあるものとみられている。
 報道によると、同修正法案を提出したのは、プーチン大統領が党首に就任した与党、統一ロシアのシュレーゲリ議員(24)。最年少の同議員は「インチキな報道がはびこる中で、メディア側に責任感を持たせるためだ」と説明。裁判所が報道の真偽について判断を下すという。
 25日の第1読会では賛成399人、反対1人で同修正法案が支持された。このあと2回の読会も通過し、採択されることは確実だ。
 しかし、ロシア国民の多くは裁判所を信じていない。メディア側からは「言論の自由に対するさらなる弾圧だ」との批判の声も聞かれるが、ロシアは事実上、大統領派が独裁的な権力を行使しており、言論統制がさらに進むことは避けられないだろう。
 ロシアでは、誹(ひ)謗(ぼう)・中傷報道はすでに「刑事事件」として扱われ、編集長が逮捕される事件がたびたび起きているほか、急進派メディアも「危険分子」として閉鎖対象となっている。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/141018/
 
 2002年以降国境なき記者団が提出する「報道自由ランキング」で、ロシアは144位(2007年、ちなみに日本は37位)。当然G8では最低だ。 誹(ひ)謗(ぼう)・中傷報道として編集長や記者が暗殺される事件も多いという。


 世界が驚いたプーチン・ロシア前大統領(現首相)の再婚準備報道から約1カ月。ロシアではこの間、何が起き、いったい真相は何なのか・・・(中略)・・・(4月18日)スキャンダルを報じたモスコフスキー・コレスポンデント紙は即休刊、その後、廃刊となったほか、3回誤報をしたメディアを閉鎖できる恐ろしい法案が、下院第1読会でスピード採決された。“皇帝”の私生活は国家機密で、報道上のタブーなのだ。
 そのプーチン氏は、離婚したと報じられたリュドミラ夫人と復活祭のミサに参列した。しかし、知人のロシア人記者によると、2人は同じ公邸内でも別々の場所に住み、別居状態にあるのは公然の秘密なのだという。
 果たしてホントかどうか。これ以上書くと、本支局もつぶされかねない。あ~、怖い。
(モスクワ支局長 内藤泰朗)
 (5月16日16時39分配信 産経新聞【夕刊キャスター】露“皇帝”の私生活は国家機密)
 (http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080516-00000118-san-int

 様々な利害関係が蜘蛛の巣のように絡まり合い、そのためこの事件に関しては様々な憶測が飛び交っている。実際のところはどうなのか分からないけれど、シロヴィキ派が絡んでいるのではないかという視点はある意味面白くはないだろうか。

(→本ブログ:「メディア規制改正案の審議打ち切り 2008-06-03)
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by nekra | 2008-05-28 18:06

またタイトル変更(笑)

 ころころとブログタイトルも変えるし、投稿内容も変えるし、
まだまだ落ち着いていない状況なのでトラックバックとかもしていませんが、
一応御覧になっている方もいらっしゃるようで、嬉しい限りです。
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by nekra | 2008-05-28 16:15 | 日記
 正直、タイプも遅いし、文章も下手なので一件投稿するのにかなり時間がかかる・・・。
今更人事なんてあちらこちらのメディア、研究機関等で分析が済んでいるので、今更ながらの感は否めないけれど。とりあえず、乗りかけた舟なので・・・愚考なんぞ。


 シロヴィキ派内部で、セーチン-パトルシェフ・グループとチェルケソフ・グループの対立が度々指摘されてきた。派閥内権力闘争が行われてきたと言われる。リベラル派に比してシロヴィキ派は権力欲が強く、とりわけポスト・プーチンの頃から各派はあらゆる手段を用いて、政権や他派閥にゆさぶりをかけては自派閥の勢力拡大に努めてきた。
 例えば、プーチン首相は自身の権力を保持するためにも、強引な手法で権力を追究するシロヴィキ派にうんざりしていたと言われる。

 ・・・プーチン氏率いる与党「統一ロシア」の大勝が確定してわずか2日後に後継候補を明確に示した背景には、後継大統領のポストをめぐり「シロビキ(武闘派)」と呼ばれる旧KGB出身者ら政権を支える指導部内部で起きている抗争の激化がある。
 KGBの後継機関である連邦保安局(FSB)が今年10月、麻薬流通監督庁の高官を逮捕する事件が発生したのに続き、財務省高官の汚職捜査をめぐり、この9月に発足したばかりの捜査委員会(SK)と検事総長が対立。肥大化し内部闘争を始めたシロビキの上に立つ(プーチン)大統領も下院選挙後、「いたずらに改革の時間を浪費してはいけない」と述べていた。・・・

 (「プーチン大統領 「弱い後継」院政へ布石 政権内抗争で指名早める」
  2007年12月17日付産経ニュース
  http://sankei.jp.msn.com/world/europe/071211/erp0712110850005-n1.htm)

 シロヴィキ派の強硬派代表と言われたセーチンだが、今回人事で、大統領府副長官から(軍事産業を除く)産業政策担当の副首相となった。これまで「影の実力者」というイメージであったが、表舞台の政治家に転身したと言って良い。残念ながらこれを肯定的に捉える意見は多くない。大統領府でセーチンと対立していたと言われるシュヴァロフが、同じくプーチン首相の下第一副首相に決まったのに比べるとずいぶんと見劣りする状況だ。
 副首相就任と同時に、造船関係の会社の会長に就任したと言われるが、なおも代表取締役会長を務めるロスネフチが今年秋に株式総会が開かれるというので、この時期の流れ如何でプーチンがセーチンをどう考えて副首相に配置したかも分かってくるかもしれない。
 
 一方、昨年9月の首相就任を機に、突如大統領後継レースに登場したズプコフはどうか。
比較的高齢でシロヴィキ派内部で抗争が展開する中にあってニュートラルなポジションにいたと言われる。また実務能力や、中央-地方、シロヴィキ派内の折衝能力は申し分なく、プーチンの信任も厚かったと言う。
 その意味で、プーチンが4年後の返り咲きを前提に、ズプコフを大統領にする考えがあったことは想像に難くない。ズプコフもこの流れに関し満更ではなかったようだ。しかし、この人生の大先輩をのせるだけのせておいて、結果として後継を見送った。
 プーチンはこれを詫びるような意味を込めて彼を第一副首相にしたのではないだろうか。同じ第一副首相のシュヴァロフが難しい(しかし政治的にも重要である)分野を担当するのに対し、ズプコフは自身これまでの専門であった農林業のナショナル・プロジェクトなどを担当するという。
 ズプコフが最後の花道を飾るのに、一番良いポジションを用意したと言える。

 5月20日付『日本経済新聞』の「地球回覧-ロシアが手にする新たな『武器』」ではソ連邦崩壊後、コルホーズの民営化以降、経営力・技術不足から広大な農地を効率的に活用してこなかったことを教訓に、休耕地を再び活性化し、穀物などの一大食糧供給地にしようという動きがロシアで広がっていると書いてある。米カーギル等外資の参入もあり、国際穀物価格の急騰といった後押しをも受けて、ついにロシア政府が力を入れるのだ。
 ・・・「政府は農業に積極的に関与すべきだ」。プーチン内閣で農業などを担当する第一副首相に就任したズプコフ前首相はこう強調した。政府は昨年10月、国内価格の上昇に歯止めをかけることを建前に小麦などに輸出関税を課したが、これは国家管理の序章との見方が出て いる。・・・(中略)・・・プーチン氏は8日、下院での首相就任前演説で「ソ連時代ロシアは穀物輸入国だったが、今では輸出国となった」と胸を張った。
 (5月20日付『日本経済新聞』の「地球回覧-ロシアが手にする新たな『武器』」

 農業政策は中央と地方が対立するのは古今東西同じだが、折衝能力にも優れ、かつ実務家のズプコフ首相にとって本領を発揮できる最適のポジションといった良いだろう。
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by nekra | 2008-05-27 16:39

この辺りの事情も・・・

<エネルギー輸送>ウクライナと周辺6カ国の首脳が会談 [ 05月23日 19時46分 ]

 【キエフ杉尾直哉】ウクライナと周辺6カ国の首脳が23日、キエフで「エネルギー安保」をテーマに会談、カスピ海産の石油・天然ガス資源をロシアを回避して欧州に運ぶ「バルト海―黒海―カスピ海・エネルギー輸送回廊」の創設で一致した。石油輸送ではウクライナ国内にある既存のパイプライン「オデッサ―ブロディ」を利用する計画だが、同ラインは現在、ロシアが自国産石油を黒海経由で輸出するために使っており、ロシアの反発も予想される。

 会議にはウクライナのほか▽アゼルバイジャン▽グルジア▽エストニア▽ラトビア▽リトアニア▽ポーランドの各大統領が参加。ウクライナのユーシェンコ大統領は今回の目的を「石油・ガスが政治の道具となるのを防ぐため」と述べ、ロシアの高圧的な資源外交への対抗策と指摘した。

 「オデッサ―ブロディ」は01年にウクライナが敷設。当初カスピ海沿岸などから石油を調達、それをブロディ経由で欧州に運ぶ計画だった。だが当時、石油がまったく調達できず、ロシアと契約し、04年からロシア産の石油をブロディからオデッサに運んでいる。

 ウクライナは、来年にも試験的に同ラインを使った輸送を行い、11年の本格稼動を目指す。国営石油パイプライン企業「ウクルトランスナフタ」のキリューシン会長は22日、「(契約中止の)通告をロシアに3カ月前に行えば、制裁措置などは受けない」と述べた。

 カスピ海沿岸のカザフスタンやトルクメニスタンは、現在、石油や天然ガスの輸出をロシア国内のパイプラインに依存している。ウクライナ、グルジアの主導で始まった今回の計画の実現には今後、これら資源国の協力が不可欠となる。
Excite エキサイト : 国際ニュース
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by nekra | 2008-05-27 15:38 | ロシアと近隣諸国
 ロシア、TV報道も双頭体制?
  大統領と首相、露出度互角

 ロシアのメドヴェージェフ大統領、プーチン首相の新体制始動後、両者の主要テレビ局への登場時間がほぼ互角となった。「どちらが真のナンバーワン」かという興味がつきないなか、プーチン陣営にとっては首相が大統領並みの権力を握っている印象を国民に与えることに成功したといえそうだ。
 コメルサント紙によると、全国をカバーする3テレビ局の11日から16日までの定時ニュースの両氏の登場時間は、大統領が4時間51分、首相が4時間37分だった。


 5月27日付『日本経済新聞』
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by nekra | 2008-05-27 09:26
 今回の人事をして、プーチンが4年後の返り咲きを視野に、自分の権力を保持する配置を行ったとする見方もある。例えば、権力志向の強いシロヴィキ派のセルゲイ・イワノフ、イーゴリ・セーチンらを首相府-すなわちプーチンの管轄下に、しかも水面下調整のしにくい政治の表舞台に引きずり出すことで、これを牽制する。その一方、自分に忠実で、法律・経済に明るいリベラル派と呼ばれる一派を重用することで、経済成長の持続と欧米諸国からの信頼を勝ち取る。

 この考え方では結局メドヴェージェフ大統領は、「お飾り」ということになる。
 またその前提は、メドヴェージェフが4年間あくまでもプーチンに忠実であった場合に限られるだろう。しかしロシアでは大統領の権限は絶大だ。1,2年後先のメドヴェージェフの施政、プーチンとの関係も変わることだろう。
 ともあれ、5月21日付AFP通信に興味深い記事が掲載された。今なお、プーチンが権力を一手に掌握しているとする記事だ。


 どっちがロシア大統領? 復活する席順からのクレムリン観測
2008年05月21日 22:59 発信地:モスクワ/ロシア

【5月21日 AFP】
ロシアを治めているのは、ドミトリー・メドベージェフ(Dmitry Medvedev)大統領か、それともウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)首相か? 答えは、席順を見ればわかる。

 不透明さを増すロシアの政治体制を理解するうえで、観測筋は冗談にも思えるこうした旧ソ連的な「順番当てゲーム」に、大まじめに頼らざるを得ない状況だ。

■初会談で変わらなかった席順

 旧ソ連時代、「クレムリノロジスト」と呼ばれるアナリストらは、情報が極めて乏しいなかにあって、赤の広場でのパレードの政治局メンバーの顔ぶれや、共産党機関紙「プラウダ(Pravda)」を手がかりに、局内で誰が昇進し誰が降格されたかを判断したものだ。そして、ロシアトップの2人のうちどちらが国を動かしているのか、混乱が生じている今日、かつての「クレムリノロジスト」たちの出番となった。

 前週、その判定材料を目にしたクレムリノロジストたちは息をのんだ。国営テレビで放映されたクレムリンでの2人の初会談。その席順は、プーチン首相が大統領時代に閣僚たちを叱りつけていた時と同じだった。プーチン首相が左側の席に、メドベージェフ大統領は右側に座ったのだ。 

 これは、実権を握っているのがプーチン首相で、メドベージェフ大統領はお飾りにすぎないことを意味しているのだろうか?

■礼拝から戦勝記念日パレードまで、すべて分析材料

 カーネギー国際平和財団モスクワ・センター(Carnegie Moscow Centre)のアナリスト、マーシャ・リプマン(Masha Lipman)氏は「誰もが気付いていることだ」と答える。「それよりも前に、2人の大統領が夫人同伴でイースターの礼拝に出席したときも、政治マニアは注意深く観察していた。誰がいて誰がいなくて、今までと違う点はないか、と」

 ロシアの大統領がどうやって選ばれるのかを、どうにか理解しようとするなかで「メドベージェフ氏の背が、背の低いプーチン氏よりもさらに少しだけ低いから」という理屈を持ち出す者もいる。頭の毛の薄い人物とふさふさの人物が交代で就任する、との説もある。

 そして戦勝記念日(Victory Day)パレードが行われた9日、ちまたが騒いだのは、赤の広場に並んだ核ミサイルでも戦車でもなく、国営テレビが切り取った「閲兵するプーチンとメドベージェフ」の構図だった。

 英エコノミスト(Economist)誌は「マルクス、エンゲルス、レーニンの古い3連の祭壇画を見るようだった。まさに父と子、創設者とその追随者、偉大なるリーダーとその弟子だった」と評した。

■プーチン氏のしぐさにはすべて意味がある?

 お茶の葉を見て運を占うのにも似たこうした憶測は、完全に自由なメディアや透明な選挙というものが存在しないがためだ。政府内で何が起きているかを理解するための常套手段はないと、アナリストらは言う。

 米保守系シンクタンク「ヘリテージ財団(Heritage Foundation)」モスクワ支部のあるアナリストYevgeny Volk氏は、プーチン首相のどんなに些細なボディーランゲージにも、席順にも、必ず意味があると言う。

 一方で、先のリプマン氏は、あまりに些細な行動に深い意味を付与することには疑問符を付ける。「プーチン氏は、自分に取り入ろうとする人間たちをからかうことに特別な喜びを見いだしているのでは。2人とも単にわたしたちをからかっているだけじゃないかとさえ思う」(c)AFP/Sebastian Smith

 (http://www.afpbb.com/article/politics/2394137/2952337
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by nekra | 2008-05-23 13:38
 ロシアのプーチン首相は15日、「政府幹部会」の設置を発表した。幹部会は閣議決定に必要な閣僚の5分の3(計15人)で構成され、従来の閣議も月1回は開くという。閣議の上部組織とする方針(5月15日時事通信社)で、「事実上の政府の最高意思決定機関」(5月16日付『日経新聞』)となる。
 「政府幹部会は政府令で設置が認められている。健康不安を抱えていたエリツィン元大統領のもとでは設置する首相もいたが、2000年にプーチン氏が大統領に就任してからは設置されていなかった」(5月16日付『日経新聞』)という。
 プーチン首相は、「閣議は鈍重で官僚的だ」と批判し、早急な課題対処のために機動性ある協議の必要性を説き、今後は幹部会を週1回のペースで開催して政策課題を審議するとしている。

この理由としては、 
 「プーチン内閣は今後、政府による大型投資を含む2011年までの国家発展計画策定のほか、インフレ対策などで困難な政策決定を迫られると予想されている」ために創設したとか、「大統領府に変わって首相を中心とする戦略決定能力を高める狙い」(時事通信社)があるなどと言われている。
 一つ確かなことは、この幹部会のメンバーは、すくなくともプーチン首相が、政治運営に際して信頼をおいている、あるいは自分の言うことを聞いてくれる政治家たちということだろう。
 とりあえず、幹部会参加者の顔ぶれを見てみたい。

 ウラジーミル・プーチン首相
 ヴィクトル・ズプコフ第一副首相
 イーゴリ・シュヴァロフ第一副首相
 アレクセイ・クドリン副首相兼財務相
 アレクサンドル・ジューコフ副首相
 セルゲイ・ソビャーニン副首相兼官房長官
 セルゲイ・イワノフ副首相
 イーゴリ・セーチン副首相
 セルゲイ・ラブロフ外相
 エルヴィラ・ナビウリナ経済発展相
 ラシード・ヌルガリエフ内相
 アレクセイ・ゴルジェイエフ農相
 ドミトリー・コザク地域発展相
 ヴァレーリー・セルジュコフ国防相
 タチアナ・ゴリコワ保健・社会発展相

 
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by nekra | 2008-05-22 18:38
 アレクサンドル・ウラジーミロビッチ・コノヴァロフ(Александр Владимирович Коновалов;1968年6月9日生まれ)
 1968年レニングラードで水兵の家庭で生まれる。1986年~1988年、兵役に就く。1992年サンクトペテルブルク大学法学部を卒業。この時メドヴェージェフ大統領と同期だった。1992年~2005年までの間、サンクトペテルブルクで検察官として従事。その間、1993年ヴィボルグ地方検察庁補佐官、1993年~1994年同地方予審判事、1997年~1998年にはモスクワ地方検事補、1998年~2001年には検事。
また、2001年、サンクトペテルブルク地方検事補、その後同第一検事補など一貫して法律畑を歩んでいる。 (経歴については、http://lenta.ru/lib/14168439/を参照した)
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by nekra | 2008-05-21 10:00
 今回の政権人事では、「シロヴィキ派」の弱体化とリベラル派の躍進という特徴が言われる。


 特に注目されるのは、前大統領補佐官から第一副首相になったイーゴリ・シュヴァロフである。大統領府では、シロヴィキ派の代表で当時副長官だったイーゴリ・セーチンと対立していた、この男の大出世は興味深い。
 1967年マラダンスキー州生まれでモスクワ育ち、1985年から3年間の兵役勤務を経た後、モスクワ大学法学部に学ぶ。1993年外務省に勤務、また同年から97年には株式会社ALMコンサルタントで法律部長を務めた。外務省時代に知り合い、会社の上司でもあったアレクサンドル・マムートの後押しで、1997年政界入り。エリツィン政権の陰の実力者アナトリー・チュバイスが率いていた国有財産局で副大臣、さらに1998年には連邦財産基金総裁を務めた。また、この年の8月大統領府長官のアレクサンドル・ヴォローシンと知り合い、政治基盤を固め、それに並行して「ガスプロム」の経営にも参画している。
 そのヴォローシンの後押しで2000年から官房長官として実力をつけ、2003年から2008年までプーチン内閣では大統領補佐官を務めた。2005年にはサンクトペテルブルクで開催されたG8サミットでプーチンの「シェルパ」役(主要国首脳会議の大統領個人代表)を任され、堂々と国際舞台での活動を行った。毎年の大統領教書の起草も行っていた。
 (イーゴリ・シュヴァロフの経歴については、http://lenta.ru/lib/14161150/参照)
 ※なお、5月19日メドヴェージェフ大統領のシェルパとして
アルガジー・ドボルコビッチ大統領補佐官が就任した。
 彼の経歴を概観してみたが、政治的地位の足がかり、基盤となったマムート、ヴォローシン、チュバイスといった人物に注目したい。彼らはエリツィン政権期に民営化改革で辣腕を揮い、政治的にも絶大な影響力を誇ったチュバイス人脈と呼ばれる一派である。オリガルヒであり、政治家だったグループだ。
 チュバイスがサンクトペテルブルク市の対外関係委員会経済顧問だった時に、メドヴェージェフは法律顧問であり、それ以降の両者の良好な関係は、シュヴァロフの第一副首相就任に一役買ったとの見方も出来る。なお、この当時政治顧問で議長も務めたのがプーチンである。
 また、シュヴァロフは、エリツィン時代から政治闘争を切り抜け一貫して順調なキャリアパスを踏んでいることから、洞察力とその時々の上司に歓心を買う能力に長けているといってよい。イーゴリ・セーチンやセルゲイ・イワノフ、ビクトル・イワノフらによるシロヴィキ派内部闘争に辟易していたプーチン元大統領からも信頼を勝ち取ったといえる。大統領補佐官の中でも特別な待遇を受けていた。
 今回の第一副首相人事において、メドヴェージェフ大統領が力を入れると公約した、法律や経営・経済の点でも知見が豊富であり、これも重要だっただろう。
  
 上野俊彦氏は、プーチン政権一期目の人事を分析した際にこう述べている。
 シュヴァロフ官房長官は、株式会社「ALMコンサルタント」弁護士部長から1997年に国
有財産管理国家委員会に入り、1998年以降、国有財産副大臣、連邦財産基金総裁を歴任し
た。彼らの経歴からはプーチン大統領との密接な結びつきは見いだすことはできない。(改行)カシヤーノフ政府議長、ゴルデーエフ副首相・農業大臣、シヴィトコイ文化大臣、ルミャンツ
ェフ原子力大臣、アルチューホフ天然資源大臣らは、いわばモスクワの官僚ないしテクノ
クラートと言えようし、ゾリン民族政策問題大臣、ブカエフ国税・公課大臣、ファデーエ
フ鉄道大臣もそれぞれの分野のエキスパートである。ユスフォフ・エネルギー大臣、ポチ
ノク労働・社会発展大臣は、前者はルツコイと、後者はガイダールらのグループといった、
特定の政治勢力との結びつきがあることが興味深いものの、彼らもある種のエキスパート
であることに変わりはないであろう。シュヴァロフ官房長官は、経歴からするとやはりチ
ュバイスとの関係があるように思われる。

 (http://www.jiia.or.jp/pdf/russia_centre/h13_ueno.pdf

 単純にメドヴェージェフ派、リベラル派という範疇で括ることには抵抗があるが、少なくとも強権政治を志向するタイプでも、治安機関を牛耳るシロヴィキ派でないことは確かなようだ。

 ロシア・ノーボスチ通信社政治解説員アンドレイ・ヴァヴラによれば、「見方によれば、シュヴァロフの義務の環には、彼の同僚ズプコフよりも計り知れないほど広く意義深い仕事があると思われる。つまり、第一副首相が2人でも、1人は他の1人よりはるかに重くはるかに「第一的」だ」という。 また、当初シュヴァロフは「貿易と調整、ロシアのWTO(世界貿易機関)加盟問題の調整と交渉の国家政策、さらに、国家所有、独占禁止政策そして競争力の向上を所管するだろうとの発表だった。ところが、最近確認された公式情報源からの情報によると、シュヴァロフは経済社会問題全般と外国貿易関係を所管する省の大臣になるとのことだ」。
 (http://jp.rian.ru/news/russia/20080515/

 彼の第一副首相としての強い立場を物語る話だといえそうだ。
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by nekra | 2008-05-20 23:35