新聞・雑誌等でみるロシア・CIS諸国の政治経済(愚考集)


by nekra
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 アレクサンドル・ウラジーミロビッチ・コノヴァロフ(Александр Владимирович Коновалов;1968年6月9日生まれ)
 1968年レニングラードで水兵の家庭で生まれる。1986年~1988年、兵役に就く。1992年サンクトペテルブルク大学法学部を卒業。この時メドヴェージェフ大統領と同期だった。1992年~2005年までの間、サンクトペテルブルクで検察官として従事。その間、1993年ヴィボルグ地方検察庁補佐官、1993年~1994年同地方予審判事、1997年~1998年にはモスクワ地方検事補、1998年~2001年には検事。
また、2001年、サンクトペテルブルク地方検事補、その後同第一検事補など一貫して法律畑を歩んでいる。 (経歴については、http://lenta.ru/lib/14168439/を参照した)
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# by nekra | 2008-05-21 10:00
 今回の政権人事では、「シロヴィキ派」の弱体化とリベラル派の躍進という特徴が言われる。


 特に注目されるのは、前大統領補佐官から第一副首相になったイーゴリ・シュヴァロフである。大統領府では、シロヴィキ派の代表で当時副長官だったイーゴリ・セーチンと対立していた、この男の大出世は興味深い。
 1967年マラダンスキー州生まれでモスクワ育ち、1985年から3年間の兵役勤務を経た後、モスクワ大学法学部に学ぶ。1993年外務省に勤務、また同年から97年には株式会社ALMコンサルタントで法律部長を務めた。外務省時代に知り合い、会社の上司でもあったアレクサンドル・マムートの後押しで、1997年政界入り。エリツィン政権の陰の実力者アナトリー・チュバイスが率いていた国有財産局で副大臣、さらに1998年には連邦財産基金総裁を務めた。また、この年の8月大統領府長官のアレクサンドル・ヴォローシンと知り合い、政治基盤を固め、それに並行して「ガスプロム」の経営にも参画している。
 そのヴォローシンの後押しで2000年から官房長官として実力をつけ、2003年から2008年までプーチン内閣では大統領補佐官を務めた。2005年にはサンクトペテルブルクで開催されたG8サミットでプーチンの「シェルパ」役(主要国首脳会議の大統領個人代表)を任され、堂々と国際舞台での活動を行った。毎年の大統領教書の起草も行っていた。
 (イーゴリ・シュヴァロフの経歴については、http://lenta.ru/lib/14161150/参照)
 ※なお、5月19日メドヴェージェフ大統領のシェルパとして
アルガジー・ドボルコビッチ大統領補佐官が就任した。
 彼の経歴を概観してみたが、政治的地位の足がかり、基盤となったマムート、ヴォローシン、チュバイスといった人物に注目したい。彼らはエリツィン政権期に民営化改革で辣腕を揮い、政治的にも絶大な影響力を誇ったチュバイス人脈と呼ばれる一派である。オリガルヒであり、政治家だったグループだ。
 チュバイスがサンクトペテルブルク市の対外関係委員会経済顧問だった時に、メドヴェージェフは法律顧問であり、それ以降の両者の良好な関係は、シュヴァロフの第一副首相就任に一役買ったとの見方も出来る。なお、この当時政治顧問で議長も務めたのがプーチンである。
 また、シュヴァロフは、エリツィン時代から政治闘争を切り抜け一貫して順調なキャリアパスを踏んでいることから、洞察力とその時々の上司に歓心を買う能力に長けているといってよい。イーゴリ・セーチンやセルゲイ・イワノフ、ビクトル・イワノフらによるシロヴィキ派内部闘争に辟易していたプーチン元大統領からも信頼を勝ち取ったといえる。大統領補佐官の中でも特別な待遇を受けていた。
 今回の第一副首相人事において、メドヴェージェフ大統領が力を入れると公約した、法律や経営・経済の点でも知見が豊富であり、これも重要だっただろう。
  
 上野俊彦氏は、プーチン政権一期目の人事を分析した際にこう述べている。
 シュヴァロフ官房長官は、株式会社「ALMコンサルタント」弁護士部長から1997年に国
有財産管理国家委員会に入り、1998年以降、国有財産副大臣、連邦財産基金総裁を歴任し
た。彼らの経歴からはプーチン大統領との密接な結びつきは見いだすことはできない。(改行)カシヤーノフ政府議長、ゴルデーエフ副首相・農業大臣、シヴィトコイ文化大臣、ルミャンツ
ェフ原子力大臣、アルチューホフ天然資源大臣らは、いわばモスクワの官僚ないしテクノ
クラートと言えようし、ゾリン民族政策問題大臣、ブカエフ国税・公課大臣、ファデーエ
フ鉄道大臣もそれぞれの分野のエキスパートである。ユスフォフ・エネルギー大臣、ポチ
ノク労働・社会発展大臣は、前者はルツコイと、後者はガイダールらのグループといった、
特定の政治勢力との結びつきがあることが興味深いものの、彼らもある種のエキスパート
であることに変わりはないであろう。シュヴァロフ官房長官は、経歴からするとやはりチ
ュバイスとの関係があるように思われる。

 (http://www.jiia.or.jp/pdf/russia_centre/h13_ueno.pdf

 単純にメドヴェージェフ派、リベラル派という範疇で括ることには抵抗があるが、少なくとも強権政治を志向するタイプでも、治安機関を牛耳るシロヴィキ派でないことは確かなようだ。

 ロシア・ノーボスチ通信社政治解説員アンドレイ・ヴァヴラによれば、「見方によれば、シュヴァロフの義務の環には、彼の同僚ズプコフよりも計り知れないほど広く意義深い仕事があると思われる。つまり、第一副首相が2人でも、1人は他の1人よりはるかに重くはるかに「第一的」だ」という。 また、当初シュヴァロフは「貿易と調整、ロシアのWTO(世界貿易機関)加盟問題の調整と交渉の国家政策、さらに、国家所有、独占禁止政策そして競争力の向上を所管するだろうとの発表だった。ところが、最近確認された公式情報源からの情報によると、シュヴァロフは経済社会問題全般と外国貿易関係を所管する省の大臣になるとのことだ」。
 (http://jp.rian.ru/news/russia/20080515/

 彼の第一副首相としての強い立場を物語る話だといえそうだ。
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# by nekra | 2008-05-20 23:35
 副首相の増員や要所における人事構成、プーチン首相の思惑どおりであったとする報道の中で、最も興味深かったのは、『世界日報』(モスクワ・大川佳宏)の記事であった。少し長いが、「プーチン側近の強力布陣」と題された記事の一部を抜粋してみよう。


 内閣改造や大統領府人事についての情報はプーチン、メドヴェージェフ両紙からも秘密にされ、情報を知っていたのはわずかな側近のみだった。これについてプーチン首相側近の一人は匿名でロシア紙に対し、「プーチン、メドヴェージェフ両氏の勢力バランスの焦点となるのが大統領府人事であり、その人選が難航した上に不測の事態を避けるため、周囲から極秘にされた」と述べている。
 その焦点となったのは、スルコフ前大統領府副長官の処遇だ。同氏はプーチン政権のイデオロギー・政治戦略を担当したキーパーソンで、「主権民主主義」の立案や、官製青年組織「ナッシ」の創設などでも知られる。
 プーチン首相は、忠実な側近であるスルコフ氏を大統領府長官に据える以降であったが、メドヴェージェフ大統領が難色を示したとされる。その理由は、スルコフ氏が「プーチン後継レース」で、メドヴェージェフ氏のライバルだったイワノフ第一副首相(当時)を協力に支援したためだ。この結果、スルコフ氏は大統領府長官ではなく、第一副首相止まりとなった。しかし、プーチン首相はスルコフ氏の処遇でメドヴェージェフ氏に譲歩する代わりに、スルコフ氏同様に忠実な側近であるナルイシュキン前副首相を大統領府長官に据えた。これによりプーチン氏は、クレムリン(大統領府)を、同氏の意向にそって動かすことが可能となった。
 また、もう一つの焦点となっていた安全保障会議書記には、プーチン首相の側近であるパトルシェフ前連邦保安局(FSB)長官が就任した。
 当初、プーチン首相は同ポストに、メドヴェージェフ氏の反対を見越した上で、イワノフ前第一副首相を提示していたとの噂がある。かつてのライバルであるイワノフ氏と共に仕事をするのに難色を示していたメドヴェージェフ氏に、プーチンはイワノフ氏の代わりにパトルシェフ氏を提示したという。
 シロヴィキと接点のないメドヴェージェフ大統領は、FSB長官を務めたシロヴィキのパトルシェフ氏にも難色を示したが、イワノフ氏についてプーチン首相が“譲歩”したことから、仕方なくこれを受け入れたという。
 この他、ウスチノフ前法相の後任として、プーチン首相に近いコノヴァロフ前サラトフ州知事が就任し、パトルシェフ前FSB長官の後任には、やはりプーチン側近のボルトニコフ前FSB副長官(経済安全保障局長)が昇格した。ボルトニコフ氏はサンクトペテルブルグ出身のシロヴィキ・グループに属し、同じサンクトペテルブルグ派でありながらも、リベラル派のメドヴェージェフ氏とは距離がある。経済分野に精通したボルトニコフ氏をFSB長官とすることで、プーチン首相が主導する形で汚職対策を進める構え、とも見られている。

 (5月18日付『世界日報』)

 
 注目点1:
 「プーチン首相に近いコノヴァロフ前サラトフ州知事」!?
同じ世界日報は、5月13日付けで用いた時事通信
「ズプコフ首相が第一副首相に」では次のように書いてあった。 

 メドヴェージェフ大統領の側近からの起用は、レニングラード大(現サンクトペテルブルグ大学)法学部同級生だったコノヴァロフ沿ヴォルガ連邦管区大統領全権代表の法相任命に留まった。
 (5月13日付『世界日報』)


 メドヴェージェフ人脈だとか、プーチン人脈だとかいった事情は当人同士でしかわからないことであるし、どちら寄りだとかも微妙な問題だ。20年近くも同じような職場で仕事をしていたら人物評価や人脈も似たり寄ったりしてしまう。ともあれ、今のところ報道からは掴めない。また、プーチンとメドヴェージェフが一体どのような折衝を通して法相人事に当たったのかも分からない。
 ともあれ、コノヴァロフという人物がどういう経歴を歩んできたか-次回調べてみて、今後を占う上の材料にしようと思う。


 注目点2
 :イワノフ副首相とプーチン首相、メドヴェージェフ大統領の関係。
 この3者は、メドヴェージェフが次期大統領後継に指名されてから、こじれたとされている。反対されるとわかっておきながら敢えて、なぜプーチンはメドヴェージェフにイワノフ安全保障会議書記を推したのか。

 注目点3
 ;大統領府長官人事をめぐる折衝~スルコフかナルィシュキンか
 プーチン政権のイデオローグとも異名をとるスルコフはロシアはロシア流の民主主義が根付きつつあるとし、それを主権民主主義と呼んだが、メドヴェージェフは「民主主義に例外はない」旨発言し、これを批判した。
 これまで長く大統領府に在籍したという意味では、副首相への配置換えは決して良い処遇とはいえないが、これまで同様プーチンに仕えることが出来ると言う意味では、メドヴェージェフの直轄を離れられて安心したとの考え方も出来る。
 ナルィシュキンはKGB時代、サンクトペテルブルク市役所の経済・財政委員会課長時代にプーチン、メドヴェージェフ両氏と親しくなっており、政治家・官僚としては主に経済畑を歩んでいる点でいわゆる典型的「シロヴィキ派」とは一線を画している。
 

 こうした注目点は、資料が集まり次第、徐々に解き明かしていこうと思う。
 ※いかんせん、絶対的知識が足りませんので(笑)
 
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# by nekra | 2008-05-20 11:17
 ロシア新政権の人事に関して、おおよそ次の見方が一般的なものと推察される。

 すなわち、
 第一副首相にはズプコフ前首相と共にメドヴェージェフ氏に近い、リベラル派のシュヴァロフ前大統領補佐官が任命されるなど、メドヴェージェフ氏色が強まった。
 副首相には、プーチン氏の最側近で治安閣僚ら「シロヴィキ」勢力の代表であるセーチン前大統領府副長官のほか、ソビャニン前大統領府長官、セルゲイ・イワノフ前第一副首相を新たに任命、クドリン副首相兼財務相、ジューコフ前副首相は再任された。
 内閣官房長官はソビャニン氏が兼任し、セーチン氏は産業政策を担当するため、強固だった同氏のプーチン氏への影響力が後退する可能性もある。
 閣僚ではメドヴェージェフ氏に近いコザク地域発展相、ナビウリナ経済発展相、ゴリコワ保健社会発展相らが留任、リベラル派経済閣僚の主軸は維持された。
 ラブロフ外相、セルジュコフ国防相は留任したが、セーチン氏に近いウスチノフ法務相は更迭された。

と言うものである。

 すなわち、シロヴィキ派の弱体化とリベラル派の躍進である。この主張を軸に以降、のんびりと人事を見ていきたい。
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# by nekra | 2008-05-19 12:56
 昨日に引き続き人事ネタ、近いうち感想を書きます。

  5月14日現在(訳は相当いい加減なので徐々に修正していきます・・・笑)
 
【大統領府】
 大統領府第一副長官: ウラジスラフ・スルコフ(Владислав Сурков)
 大統領府副長官(広報・議事録担当): アレクセイ・グラモフ(Алексей Громов)
 大統領府副長官(情報保全担当): アレクサンドル・ベクロフ
                        (Александр Беглов・前大統領補佐官)
 (以上、http://www.kreml.org/news/181172087

 大統領補佐官: コンスタンチン・チュイチェンコ(ガスプロム法務部長)
    ※メドヴェージェフとは大学の同期である。
    ※コメルサント紙によれば、これまでクレムリン及び首相府で働いたことがない。
 大統領補佐官: アレクサンドル・アブラモフ(Александр Абрамов・留任)
 大統領補佐官: セルゲイ・プリハトコ(Сергей Приходько・留任)
 Пресс-секретарь нового президента(大統領府報道官)
          : ナタリア・ティマコワ(Наталья Тимакова),
 Спичрайтер(スピーチ・ライター): ジョハン・パリエワ(Джохан Поллыева・留任)
  Руководитель протокола(議事録書記)
          : マリナ・エンタリツェワ(Марина Ентальцева)

 (以上、http://echo.msk.ru/news/514141-echo.html

  
 大統領顧問: ミハイル・ズラバフ
 大統領顧問: ミハイル・トリノガ
 大統領顧問: レオニード・レイマン
 
 (以上、http://news.yandex.ru/yandsearch?cl4url=newtimes.ru/teletype/200805131210691341/&country=Russia&cat=40) 



【内閣】
 兵器購入局長: ビクトル・チェルケソフ

 (以上、http://www.government.ru/content/governmentactivity/insiderfgovernment/archive/2008/05/13/1328394.htm
 

 首相顧問: ベニアミン・ヤコブレフ(Вениамин Яковлев)
 首相顧問: ユーリー・ランテフ(Юрий Лаптев)
 
 (以上、http://news.yandex.ru/yandsearch?cl4url=newtimes.ru/teletype/200805131210691341/&country=Russia&cat=40
 
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# by nekra | 2008-05-14 18:21